ホーム > 一次資料アーカイブ (Primary Sources) > 英日曜紙『サンデー・タイムズ』歴史アーカイブ> 『サンデー・タイムズ』物語
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2012年、ロンドンのサーチ・ギャラリー(Saatchi Gallery)で『サンデー・タイムズ・マガジン』発行50周年を記念する展覧会が開かれました。美術館で新聞の回顧展が開催されるというのは、稀有なことです。美術館で回顧展が開かれたサンデー・タイムズ・マガジンとは、どんなものだったのでしょうか。
イギリスの新聞は、しばしば補遺(サプルメント)の形で特定のテーマを集中的に取り上げる傾向があります。一種の特集記事です。最も有名なものは、タイムズ文芸付録(Times Literary Supplement)で、もともとタイムズ紙の文芸関係の補遺として始まったのが、後に独立したものです。サンデー・タイムズのマガジンは、最新の文化情報を提供するための補遺として始まりました。この補遺には、他の新聞がかつて試みたことのない新しさがありました。カラーの補遺だったのです。
初号を手にした社主ロイ・トムソンが「これは大コケするぞ!(My God! This is going to be a disaster)」という言葉を発したエピソードが残っています。白黒のモノトーンの新聞にカラーのページを入れるなど、荒唐無稽なことだと考えられていた時代です。社主の嘆きも理由のないことではありませんでした。
けれども、予想に反してマガジンは成功を収めます。そればかりか、他紙も追随するところとなりました。写真を多用し、ヘッドラインを大きく、レイアウトにも工夫が見られる紙面構成は、今見ても洗練を感じます。記事は、文学、演劇、絵画、建築、映画、音楽などの最先端の文化情報を欲する読者の渇きを癒すものでした。写真も見逃せません。2012年にサーチ・ギャラリーが展示したのは、一流の写真家が撮影しマガジンに掲載された写真の中から選りすぐられたものだったのです。
同じころ始まった調査報道とともに、カラー・マガジンはサンデー・タイムズの高級紙としてのブランドの確立に大きく貢献しました。
新聞やテレビなどのレガシーメディアは早晩消滅するという予言を時々耳にします。消滅するかどうかはともかく、ツイッターやフェイスブックなどの新しいメディアが普及するなかで、新聞に代表される伝統的なメディアが再定義を迫られているのは間違いないようです。速報性では新しいメディアに対抗できない以上、速報性とは別のところに生き残りの道を探らなければなりません。
その一つが、既存のニュースの掘り下げ、事件や出来事の背景や原因を探り、その分析結果を読者に提供する機能です。確かに、新しいメディアには不得手な機能であり、取材力を培ったベテランの記者をかかえる新聞の強みです。この機能を調査報道と呼べば、調査報道は岐路に立たされた新聞が常に立ち返る原点みたいなものです。そして、調査報道は、ツイッターなどの新しいメディアが登場するはるか以前から、存在していました。
サンデー・タイムズと言えば調査報道の言葉が思い浮かぶほど、調査報道の代名詞のような新聞です。サンデー・タイムズが ”Insight” の欄を設け、調査報道を始めたのは1960年代前半。なぜ調査報道を始めたか、詳しいことは分かりません。しかし、新しい広告媒体としてのテレビの登場を前にしての危機感が一つの要因として考えられます。また、当時は新聞業界が大きな再編の時期を迎えていました。新聞が転換期を迎える中にあって、独自色を出すために始めたのが調査報道というわけです。
現在、新聞が転換期を迎える中にあって、半世紀前のサンデー・タイムズは、メディアの再生に向けて様々なヒントを提供してくれるでしょう。