アヘン戦争、第二次アヘン戦争、清仏戦争、日清戦争、義和団事変、対華二十一ヶ条要求、満州事変、日中戦争・・・、アヘン戦争から中華人民共和国建国に至る100年間、中国は欧米列強や日本との幾多の戦争に敗れ、賠償金を支払い、領土を割譲し、関税自主権を喪失し、各種利権を外国に譲渡し、国力が大きく低下し、多数の死者を出しました。中国共産党が「屈辱の百年」と呼ぶ所以です。

しかし、近代的な主権国家間の関係としてこの間の歴史を把握すれば、事態を見誤る恐れがあります。社会経済史に眼を転じれば、「屈辱の百年」と呼ばれる時代の別の側面が浮かび上がってきます。一例を挙げれば、不平等条約の特権を自分たちの生命と財産の保護のために利用しようとする中国人が厳に存在しました。これらの事実を明らかにしてくれる資料がイギリス外務省の対中国一般外交文書(FO 17, Foreign Office: Political and Other Departments: General Correspondence before 1906, China)です。

本オンラインセミナーでは、長くイギリス外務省文書を使い、社会経済史の観点から英中関係を分析してこられた早稲田大学教授 本野英一先生をお迎えして、「屈辱の百年」のもう一つの歴史についてご講演いただきました。

◆ 日  時 : 2021年9月3日(金)午後4時~5時
◆ 形  式 : Zoomウェビナー(カメラ・マイクは不要です)
◆ 参加無料・要事前登録
《ご好評のうちに終了いたしました。》

 

録画・資料

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講演要旨

ロンドン郊外にあるイギリス国立公文書館(The National Archives)には、一九世紀初頭以降、この国が清朝政府以来の歴代中国政府との間でやりとりした様々な外交文書が保存されている。そこに残された文書はあまりに膨大で、一人の歴史研究者が一生かけても読み切れるものではない。

その中で General Correspondence (FO17) と呼ばれる文書群は、1815年から1905年にかけて主として、イギリスが清朝政府と二度の戦争を開いて結ばせた講和条約の締結に到る交渉の顛末を記した文書と、北京に開かれたイギリス公使館から本国外務省に宛てて送られた文書から構成される。そこには、中国共産党が「屈辱の百年」と呼んで何もかも否定的にしか描きたがらない時代の真実が、イギリス人の視点で詳しく書き残されている。

一九世紀のイギリス政府は、なぜ清朝政府との開戦を決意したのか。その理由は、誰でも知っているインドアヘン輸入の公認や香港島の割譲、関税自主権奪取だけではなかった。その証拠に、二度の戦争の講和条約の内容は、これ以外に多くの条文が盛り込まれているからである。なぜ、このような条文が盛り込まれなければならなかったのか。そして、その条文はどこまで効力があったのだろうか。こうした問題は今まで殆ど提起されたことがなかった。ただ、一九八〇年代に、この講和条約の結果実現した「治外法権」制度には大きな限界があったことが実証され、ようやく一九世紀後半から二〇世紀初期にかけての中国の対外関係に対する関心が、歴史研究者の間で少しずつ呼び起こされただけにすぎないのである。

一九世紀中期、イギリスが軍事力にものを言わせてまで清朝政府に押しつけた講和条約の中に盛り込まれていたのは、上記の問題だけでなかった。資本主義経済を支えていた制度価値観を中国に認めさせることがその真の目的だったのである。逆に言えば、中国はこの時も今と変わらず、イギリスやそれ以外の西洋諸国のような議会制民主主義、資本主義経済の上に立脚した領土主権国民国家とは似ても似つかぬ国家であった。では、それは如何なる点がイギリスを筆頭とする西洋先進資本主義国、あるいは日本と異なっていたのだろうか。そして、イギリスとの二度の講和条約を筆頭に、他の西洋諸国、日本から「不平等条約」を押しつけられることで中国社会に一体何が起きたのであろうか。

私は、この問題に関心を抱き、大学院生時代からイギリス外務省記録を使って英中社会経済史と取り組んできた。この研究体験を元に、今回デジタルデータベース化されたFO17を史料に使うと、「屈辱の百年」についてどのようなことが言えるのかを、三つの事例を紹介して述べてみたい。

第一は、中国は海外からの需要に依存しなければ、その経済的繁栄を維持できないということと、同時にその経済的繁栄はものすごい環境破壊を伴っていたことを、逆説的に証明することである。一九世紀第四四半期になって、インド紅茶産業、日本緑茶産業の勃興によって最大の輸出産品であった茶産業が衰退し、大量の失業労働者が出現し、彼らが一八九〇年代になって不満のはけ口を西洋人キリスト教宣教師とその庇護下に置かれていた中国人信徒に向けられるようになっていたこと。そしてこの動きが義和団事変へとつながったと考えられることである。

第二は、中国の為政者が「屈辱的」と捉えられる現象は、「不平等条約」の締結によって一朝一夕で起きたのではないということの証明である。それは、「不平等条約」特権を与えられていた在華イギリス人・企業と雇用取引関係を有することによってこの特権を自分たちの生命・財産保護手段に利用しようとする中国人の増加によって引き起こされていたのだということである。

そして最後の第三は、中国におけるイギリスの覇権に対する日本の挑戦がどのようにして出現したのかである。それは、中国での外国企業製品商標保護制度という形をとって現れた。

この三つの主題を踏まえ、イギリス政府が残した膨大な文書記録を史料に用いることで、今後の中国史社会経済史研究をどのような方向に発展させることが可能なのかについて私見を述べてみたい。

講師プロフィール

 

本野 英一(もとの・えいいち)


学 歴:

  • 東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了(1983年3月)
  • 東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了(1989年5月)
  • オックスフォード大学東洋学部大学院修了(D.Phil)(1995年11月)

略 歴:

  • 早稲田大学政治経済学部助教授(1999年4月)
  • 早稲田大学政治経済学部教授(2002年4月)
  • 早稲田大学大学院経済学研究科教授(2003年4月)

著著・論文:

  • Conflict and Cooperation in Sino-British Business, 1860-1911: The Impact of the Pro-British Commercial Network in Shanghai, Palgrave Macmillan、2000年
  • 『伝統中国商業秩序の崩壊:不平等条約体制と「英語を話す中国人」』名古屋大学出版会、2004年
  • (翻訳)ロバート・ビッカーズ『上海租界興亡史:イギリス人警察官が見た上海下層移民社会』昭和堂、2009年
  • (翻訳)ピーター・A・ロージ『アジアの軍事革命:兵器から見たアジア史』昭和堂、2012年
  • (翻訳)ティモシー・ブルック『フェルメールの帽子:作品から読み解くグローバル化の夜明け』岩波書店、2014年
  • 「在華イギリス企業株主の株価支払い責任をめぐる中英紛争 —恵通銀行事件を中心に―」『史学雑誌』106(10) 1-38  1997年10月
  • 「訴訟問題から見た清末民初の中英経済関係」『歴史評論』(604) 42-57  2000年8月
  • 「辛亥革命期上海の中英債権債務処理紛争 ―1910年『ゴム株式恐慌』後の民事訴訟事例分析―」『東洋史研究』60(2) 58-90  2001年9月
  • 「民国初期中国における外国人社会の役割 ―イギリス籍会社登記制度を中心に―」『歴史評論』(644) 17-32  2003 年11 月
  • 「光緒新政期商標保護制度の挫折と日英対立」『社会経済史学』74(3) 3-22  2008 年9 月
  • 「清末民初における商標権侵害紛争 ―日中関係を中心に―」『社会経済史学』75(3) 3-21  2009 年9 月
  • 「『知的所有権』をめぐる在華外国企業と中国企業間の紛争 ―外国側より見た中国商標法(一九二三年)の意義―」貴志俊彦編著
  • 『近代アジアの自画像と他者 ―地域社会と「外国人」問題―』(京都大学学術出版会) 229-256  2011年3月
  • "Anglo-Japanese Trademark Conflict in China and the Birth of the Chinese Trademark Law (1923), 1906-1926" East Asian History, (37) 9-26  2011年12月
  • 「在華外国人側より見た『大閙会審公廨案(1905)』に関する一考察」斯波義信編『モリソンパンフレットの世界』(東洋文庫論叢)75 109-145  2012年3月
  • 「清末民初期の市場システム 1870〜1919年 ―在華外国商人の役割を中心とした一考察―」古田和子編著『中国の市場秩序:17 世紀から20 世紀前半を中心に』(慶應義塾大学出版会)203-225  2013年2月
  • 「中国商標法(一九二三)施行前後の外国企業商標保護体制 ―中日· 中英商標権侵害紛争を中心に―」『東洋史研究』 第71巻(第4号) 64-94  2013年3月
  • "The Nationalist Government’s Failure to Establish a Trademark Protection System, 1927-1931" Modern Asian Studies Review, Volume 4, 59-89  2013年3月

ほか多数

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