ホーム > 一次資料アーカイブ (Primary Sources) > セクシュアリティとジェンダーのアーカイブ16世紀~20世紀の性とセクシュアリティ > セクシュアリティとジェンダーのアーカイブ 第3部の起源と価値について


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※一部、性的に露骨な表現や画像が含まれます。あらかじめご了承ください。

はじめに

セクシュアリティとジェンダーのアーカイブ(Archives of Sexuality and Gender)の第3部(以下「ASG3」)として、英国や北米の図書館で閲覧を制限されている資料群より、100万ページを超えるテキストがGaleによってリリースされた。「16世紀~20世紀の性とセクシュアリティ」と題されたこのアーカイブは、大英図書館プライベート・ケースのコンテンツ、ニューヨーク医学アカデミーの蔵書約1,600冊、キンゼイ研究所の蔵書約1,000冊を収録するものである。これらのプライベート・ケース・コレクションには、性とセクシュアリティをテーマとするがゆえに特殊な書籍として閲覧を制限され、図書館の本流のコレクションとは別の秘密のコレクションとして所蔵されてきたものが多い。そうしたコレクションには長い歴史があり、図書館によって時にあいまいにしてエキゾチック、あるいは滑稽な名称が付けられてきた。例えば、フランス国立図書館は「アンフェール(Enfer、地獄)」、オックスフォード大学は「ファイ(Phi, Φ、ちなみに英語で〈こらこら〉と叱るときの “Fie!” と同音である)」、ケンブリッジ大学は「アーク(Arc.、秘密や神秘を意味するラテン語 arcana の省略形)」といった具合である1

セクシュアリティとジェンダーのアーカイブ 第3部:16世紀~20世紀の性とセクシュアリティのホーム画面

セクシュアリティとジェンダーのアーカイブ 第3部:16世紀~20世紀の性とセクシュアリティのホーム画面


長年の構想が実現

私は、ASG3プロジェクトの構想がGaleのアーカイブ担当営業員クレイグ・ペット氏との会話の中で初めて話題に上ったときから、その実現を熱心に支持してきた。実は私自身、それ以前から同様の構想を温めていたのだが、それがいつからなのかは思い出せない。大英図書館プライベート・ケースの存在は以前から知っていたと思うが、1999年にピーター・フライヤー(Peter Fryer)の古典的調査『プライベート・ケース:公然のスキャンダル(Private Case―Public Scandal)』を読んで私の想像力は大いに喚起された2。ほどなくして、私はアレクサンダー・ペティット(Alexander Pettit)氏とともにピカリング&チャトー(Pickering & Chatto)社に、大英図書館、キンゼイ研究所、その他各所のプライベート・ケース・コレクションをもとに、『18世紀の英国性愛文学(Eighteenth Century British Erotica)』を5巻構成で編纂してはどうかと提案したのである。その5巻すべてが2002年に出揃うと、今度は第10巻までシリーズを増やそうという提案を持ちかけられた。2004年にその分の出版も完了すると3、私は同シリーズのために2002年から作り始めていた「18世紀英国性愛文学のチェックリスト(Checklist of Eighteenth-Century English Erotica)」をもとに、18世紀のロンドンで地下出版された性愛文学へと研究対象を広げた。

その後、プライベート・ケースを題材に英語の性愛文学の研究を続けて10年以上経った2014年6月、私はクレイグに対し、「チェックリスト」を拡充し、誤りを訂正して内容を精緻化し、いつの日か完成にこぎつけたいと考えているが、そのために必要な書籍へのアクセスが極めて難しいという現状を訴えた。人知れず保管されている極めて希少な作品の存在を数多く突き止めてはいたが、それらは再版も複製もされていないため、マイクロフィルムやデジタル写真で入手するしかなく、私はそのために研究費をすべて注ぎ込んでいた。しかしながら、今後調査すべき何百もの作品が手つかずのまま北半球の各所に散らばっていること、資料の入手だけで研究費を使い果たしてしまったこと、地元メルボルンを離れて何シーズンにもおよぶ調査旅行に出かけるのが夢のまた夢であることから、Galeにしか構築できないようなバーチャル・コレクションがぜひとも必要で、その学術的価値は非常に高いということ、実現すれば利便性も大きく改善するであろうことを力説したのである。

幸いにも、近年は性とセクシュアリティに関するあらゆる歴史的記録への学術的関心が大いに高まり、テクノロジーも急速に進歩したため、資料のデジタル化プロジェクトのハードルは下がっており、すぐに多くの賛同者が見つかった。プロジェクトが拡大・発展してセクシュアリティとジェンダーのアーカイブに結実するのを見届け、さらにはASG3の構築が本格的に始まった2017年には同パートのアドバイザーも拝命し、嬉しい限りである。しかも、このプロジェクトが順調に行けば、セクシュアリティとジェンダーのアーカイブはさらに拡大して、より広範なアーカイブやプライベート・ケース・コレクションのテクストも収録される可能性があると聞いている訳注。ますます喜ばしいことである。

私は欧州内外に所在する約35のプライベート・ケース・コレクションについての執筆を最近ようやく終えたところで、ここで内容に詳しく触れることはしないが、どのコレクションも極めて独自性が高く、どんなに小さなコレクションの中にも、そこでしか見つからない重要な作品がしばしば含まれていることは述べておきたい。Galeのこのプロジェクトにより、プライベート・ケースの膨大な資料へのアクセスが可能になったおかげで、その内容について得られる知識が大きく広がり、その結果、広くプライベート・ケース・コレクション全般への理解も深まることになる。このプロジェクトは、私たちの歴史的知識の構築において独自の貴重な貢献をしているのである。


書誌学的な魅力

ヘンリー・スペンサー・アシュビー(Henry Spencer Ashbee)やその後の多くの著者が論じているように4、えてしてプライベート・ケース・コレクションの中にしか存在しないような歴史的な性愛文学作品は、長年にわたって発行禁止や破棄処分などの圧力をかいくぐってきたため、作品の存在場所を特定すること自体が難しい。加えて、これらの作品に関わる活動(執筆、印刷、出版、販売、収集、目録への掲載、閲読、共有、議論、保管、処分)の多くが秘密裏に行われており、作品に関する信頼性の高い情報を見つけることも難しい。そうした二重の難しさという課題を抱えていることが、性愛文学研究を学術的に興味深くしている特徴のひとつである。この書誌学上の魅力は(それは私にとっての最大の魅力なのであるが)、作品それ自体がその題材ゆえに持つ、あるいはこれまで持ってきた特徴や、また、現在果たしている目的や過去に想定された目的とは全く別個の魅力である。同様に、これら作品が秘密裏に流通せざるを得ない原因となった過去および現在における(さまざまな国家、宗教、商業主体、個人による)発行禁止や破棄処分の圧力に関するいかなる研究の魅力ともまた別物である。批判的勢力の政治的な立ち位置は変化し続けているし、彼らの批判の標的となる作品群も同様に昔と同じではないが、発行禁止・破棄をめざす圧力は今も確実に存在している。とは言え、今はそうした圧力が以前に比べれば弱くなっており、書物以外の分野にも分散するようになったため、そうした圧力を避けながら、過去に禁止されていた作品やその関連情報のありかを見つけ出すことはいくぶんか容易になっている。


失われた作品たち

さまざまな情報があふれ、比較的自由な活動が許されるようになった現代の人々にとって、そうした圧力による歴史的損失がどれほどのものだったか、過去の作品が地下に潜ったことで16世紀から20世紀に至る性とセクシュアリティに関する知識が今なおどれほど制限されているかを理解するのは、専門家でもない限り難しいだろう。有名なサミュエル・ピープス(Samuel Pepys)の日記には、「世界の下劣な面に関する知識を得る」ために「『娘たちの学校(L’escholle des filles)』というくだらない不道徳な本を買った」という記述がある。ピープスがその本を買ったのは1668年2月8日である。読み終えたら燃やすつもりで買い、実際に翌日には本を燃やしてしまったので5、それがどの版だったかまでは特定できない。しかし同書については複数の版が現存するため(ASG3にも含まれている)、研究者は少なくとも「(彼の)一物をその間ずっと立たせ、やがて一度発射させた(did hazer [his] prick para stand all the while, and una vez to decharger)」テクストがどのようなものだったかは知ることができる。6  ピープスが読んだのはフランス語版だったが、同書は1680年に英訳され、その後何度も再版されたとみられる。翻訳版が何版出されたのか正確には分からないが、広告から判断するに、1744年だけでも3つの版が出されたようであり、18世紀後半にさらに2つの版が出された記録がある。しかし、1680年版で現存するのはミュンヘンのバイエルン州立図書館のプライベート・ケース・コレクションの1冊のみである。7  それらの他に、宣伝されずに印刷・流通したものがいくつあるのかは分からないし、もはや知る手立てもない。

『娘たちの学校』(1668年フランス語版)

『娘たちの学校』(1668年フランス語版)
Millot, Michel. L'Escole des filles, où [sic] la Philosophie des dames. Divisée en deux dialogues, etc. [By Michel Millot.]. Roger Bon Temps, 1668. Archives of Sexuality and Gender.

ピープスの日記について(ミシェル・ミロ『娘たちの学校』1972年英訳版の序文より)

『娘たちの学校』1972年英訳版(右は序文よりピープスへの言及箇所)
Millot, Michel, et al. [L'escole des filles.] The school of Venus. [By] Michel Millot and Jean L'Ange. Translated and with an introduction by Donald Thomas. Panther, 1972. Archives of Sexuality and Gender.

 

これに似た(さらに状況が悪い)例がJ・C・ジェルヴェーズ・ド・ラトゥーシュ(J. C. Gervaise de Latouche)の『ドン・B物語(The History of Don B.)』である。1742年11月に「定価5シリング。内容にふさわしい22枚の挿絵入り」という翻訳版の広告が出ている。8  フランス語版原書の『カルトジオ会の守門 ドム・ブグル物語(Histoire de Dom Bougre, Portier des Chartreux)』は複数存在している(ASG3にも収録されている)一方、存在が知られていた唯一の英語版は、かつてハンブルク州立図書館が所蔵していたが、第二次世界大戦末期に連合国軍の爆撃によって失われてしまっている。9 

『カルトジオ会の守門グーベルドム物語(ドム・ブグル物語)』(1786年 挿絵入りフランス語版)

『カルトジオ会の守門グーベルドム物語(ドム・ブグル物語)』(1786年 挿絵入りフランス語版)
Gervaise De Latouche, Jacques Charles. [Histoire de Dom B …] Histoire de Gouberdom, portier des chartreux. Nouvelle édition, revue, corrigée & augmentée, etc. [By J. C. Gervaise de Latouche. With plates.]. Vol. 1, n.p., 1786. Archives of Sexuality and Gender.

『ドン・B物語』の広告(『デイリー・アドバタイザー』1742年11月13日号、大英図書館所蔵 バーニー収集 17世紀~18世紀 英国新聞コレクションより)

『ドン・B物語』の広告(『デイリー・アドバタイザー』1742年11月13日号、大英図書館所蔵 バーニー収集 17世紀~18世紀 英国新聞コレクションより)
"News." Daily Advertiser, 13 Nov. 1742. Seventeenth and Eighteenth Century Burney Newspapers Collection.

爆撃で破壊された英語版『ドン・B物語』について(パトリック・カーニー『ザ・プライベート・ケース』1981年より)

パトリック・カーニー『ザ・プライベート・ケース』1981年(右は爆撃で破壊された英語版『ドン・B物語』についての記述)
The private case: an annotated bibliography of the Private Case erotica collection in the British (Museum) Library: compiled by Patrick J. Kearney; with an introduction by G. Legman. Jay Landesman Limited, 1981. Archives of Sexuality and Gender.

トーマス・キャノン(Thomas Cannon)の『古今の少年愛に関する調査と実例(Ancient and Modern Pederasty Investigated and Exemplified)』(1749年)は原文が英語のオリジナルで、そのために著者が逮捕・投獄された作品であるが、『ジェントルマンズ・マガジン(Gentleman’s Magazine)』誌に広告が出ているものの、現物は残っていない。10  ジョン・ウィルクス(John Wilkes)とトーマス・ポッター(Thomas Potter)による『女性に関するエッセイ(An Essay on Woman)』(1763年)も、英語で書かれた作品として重要なものである。作品の一部については真作とみられる再版が残っているが、密かに進められた印刷作業は妨害され、著者は国外逃亡を余儀なくされたため、作品の出版は当初の計画通りに完了することはなかった。11


消えてしまった読者たち

ここまで、作品自体が失われたケースについて、よく知られた例12 をほんのいくつかだけ紹介したが、それ以上にもどかしいのは、こうした作品の読者についての我々の無知である。ブライアン・ワトソン(Brian Watson)氏も主張するように、歴史的な性愛文学やポルノグラフィがいつ出版されたかを特定した後に残る最大の空白は、その作品の読者層と受容についての知識である。「これらの性的なテクストに対して、読者はいかに反応したのか? 何のために使ったのか? どう思ったのか? どう関わったのか?」13  

先に挙げたピープスの日記に含まれる、暗号交じりの速記体で書かれた短く私的な3日分の記述は、初期近代においてこうした「くだらない」「不道徳」本を買って読んだ人物の経験についてのほとんど唯一の記録である。18世紀はじめに同様の「秘密の」日記をつけていた人物で、当時バージニア植民地に住んでいたウィリアム・バード(William Byrd)も、自らが足しげく通ったさまざまな娼婦との遊びや、日々の読書(ギリシャ語やヘブライ語のものが大半だが、新聞もあった)、本屋通いの記録を残している。14  そのバードがさまざまな性愛文学作品を多く集めていたこと、またその中には挿絵入りのジョン・クレランド(John Cleland)『ある遊女の回想記(Memoirs of a Woman of Pleasure)』(別名『ファニー・ヒル(Fanny Hill)』。ASG3にも収録)が含まれていたことは分かっているものの、バードの日記中には同時代の性愛文学を読んだことについての言及がない。15   18世紀後半に自身に関するきわめて詳細な文章を残し、自身の性生活についても赤裸々に記述したジェームズ・ボズウェル(James Boswell)ですら、性愛文学の読書については日記の中で何も語っていない。

ジョン・クレランド『ある遊女の回想記(ファニー・ヒル)』(1749年)

ジョン・クレランド『ある遊女の回想記(ファニー・ヒル)』(1749年)
Cleland, John. Memoirs of a Woman of Pleasure. [By John Cleland.]. Vol. 1, G. Fenton [Fenton Griffiths], 1749. Archives of Sexuality and Gender.


外聞をはばかる研究者たち

そもそも性とセクシュアリティに関する作品は、そのテーマ自体がタブーに属するため、おのずと謎めいたベールに覆われているものだが、それに加えて研究の対象物自体が極めて希少であったり、存在しなかったりする(ピープスが読んだ『娘たちの学校』しかり、バードが読んだ『ある遊女の回想記』しかり、そして『ドム・ブグル物語』の全版、あるいは『古今の少年愛』もまたしかりである)のと、前述したように、それらの作品がどのように購入され、共有され、読まれ、議論されたかについての詳しい記述がないがために、ますます霧は深まるばかりである。そして奇妙なことに、性とセクシュアリティの書物史に高い関心を持つ研究者や、信頼性の高い情報の不足を克服しようと、人生のかなりの時間を費やして取り組んだ研究者の多くが、その研究成果を出版しなかったり、出版したとしてもごく限定された形でしか世に出さなかったりしたことが、そうした希少性にかえって拍車をかけている。さらに残念なことに、そうした研究成果もまた、研究対象となった書籍と同様に、特殊な書籍として閲覧を制限され、秘密裏に所蔵されているのである。16

アシュビーやウィリアム・レアード・クロウズ(William Laird Clowes)、(あるいは)アルフレッド・ローズ(Alfred Rose)などの19世紀末から20世紀初頭の著者にとって、性愛文学の書誌を私家版・限定版としてのみ出版・流通させたことは、必要な自衛策だったのかもしれない。彼らは偽名で出版する必要性すら感じ、それぞれ「ピサヌス・フラクシ(Pisanus Fraxi)」、「スペキュレーター・モラム(Speculator Morum)」、「ロルフ・S・リード(Rolfe S. Reade)」といった筆名を使っていた。17  出版こそされなかったものの、頻繁に引用される重要な書誌がいくつか編纂されたのもこの時代である。ジェームズ・キャンベル・レディ(James Campbell Reddie)が「J・キャンベル」名義で1872年以前に執筆した『H・S・アシュビー・コレクションの性愛文学書に関する書誌学的注釈(Bibliographical Notes on Erotic Books in H. S. Ashbee’s collection)』の手書き原稿、チャールズ・レジナルド・ドーズ(Charles Reginald Dawes)が1943年に執筆した『イングランドの性愛文学について、特に社会生活との関連を中心とした考察(A Study in Erotic Literature in England Considered with Especial Reference to Social Life)』のタイプ打ち原稿が、いずれも大英図書館に収蔵されている。18

「ピサヌス・フラクシ」名義で出されたアシュビー『禁書目録』ほかの著者書き込み入り合本(左はアシュビーの蔵書票)

(「ピサヌス・フラクシ」名義)アシュビー『禁書目録』ほかの著者書き込み入り合本(左はアシュビーの蔵書票)
Fraxi, Pisanus. Index librorum prohibitorum, etc. MS. notes [by the author]. Privately Printed, 1877. Archives of Sexuality and Gender.

しかし、より後の時代の著者が同様の自衛策を講じる必要があったことは断言できないだろう。それでも多くの書誌は限定版として出された。テレンス・J・ディーキン(Terence J. Deakin)の『性愛文学の重要書誌と図書目録(Catalogi Librorum Eroticorum; A Critical Bibliography of Erotic Bibliographies And Book-Catalogues)』(1964年)、パトリック・カーニー(Patrick Kearney)の『ザ・プライベート・ケース:大英(博物館)図書館所蔵のプライベート・ケース性愛文学コレクションの注釈付き書誌(The Private Case: An Annotated Bibliography of the Private Case Erotica Collection in the British (Museum) Library)』(1981年)、同じくカーニーの『ザ・プライベート・ケース:補遺(The Private Case: A Supplement)』(2016年)などがその例である。

他に、限定版ではなかったものの、ごく少部数が短期間だけ流通したものもある。スーザン・マトゥーサック(Susan Matusak)の『性研究所(キンゼイ研究所)図書館の18世紀蔵書の書誌(Bibliography of the Eighteenth-Century Holdings of the Institute for Sex Research Library)』はそのひとつで、1975年に開催された米国18世紀学会中西部地域大会のために作成され、その大会でのみ配布された。タイプ打ちのまま印刷された同書はOCLCの所蔵目録WorldCatに10部のみが記載され、うち8部は北米で収蔵されている。


研究者の長い苦悩

18世紀性愛文学の出版、流通、入手可能性についての私の研究にこれらの参考文献の一部が不可欠になることは、1990年代末にははっきりと分かっていたが、そうした文献の多くは『娘たちの学校』や『ある遊女の回想記』の初版と同じくらい所在を特定することが難しかった。つまり、作品そのものも、それらに関連する研究資料も、地元では入手できず、遠くにあるものは所在の特定に苦労し、ようやく発見しても価格が高すぎて個人ではなかなか購入できなかった。そのため、私の「ほしいものリスト」に10年近く記載されたままになっている重要な参考文献もいくつかあった。それ以外のものについても、私は頭を下げたり、貸し出してもらったり、あの手この手を使って入手せざるを得なかったのである。

そのため、そうした先達たちが隠れた作品やコレクションについての自らの研究内容を出版した際に、そもそも対象となる作品やコレクションがごくわずかな研究者にしか知られていないにもかかわらず、引き続き情報へのアクセスが限定されるような形でしか行わなかったことが、私の目に単なる皮肉以上に見えたのはあながち驚くことではないだろう。実際、研究への障壁を取り除くと同時に新たな障壁を作るそうした行為は、私には倒錯しているとさえ思えた。当時の私には、そうした行動の背後に動機があるとすれば、それは歴史的な性愛文学の神秘性を守りたい、そして(ガーション・レグマンGershon Legmanが指摘するように19)書籍そのものを収集・秘蔵する代わりに、書籍に関する知識を収集・秘匿したいという願望からしかないように思われた。つまり、研究者たちがこれらの資料に関する知識の伝達を制限することの動機は、自らが一次資料にアクセスできる研究者=コレクターの小さな好事家コミュニティの一員であることを示し、かつそうした隔絶したコミュニティの存在を保持したいという願望にあるように思われる。

幸いなことに、この20年間に、前述した作品の多くがGoogle Booksなどオンライン上のプラットフォームを通じて簡単に閲覧できるようになってきた。加えて、そうした資料の補完・刷新に貢献する真摯な研究者は多く、その数は急速に拡大している。


おわりに

本省察によって、GaleによるASG3の必要性が長く訴えられてきたことが明確になれば幸いである。そして、実際に失われたものの代わりにはなり得ないとしても20、これまで特殊な文献として閲覧を制限され、秘密裏に収蔵されていたコレクションの膨大な一次情報へのアクセスが大幅に拡大することをとりわけ歓迎したい。加えて、ASG3が近年の技術革新および学術界や社会の変化の産物であるように、コレクションもまた、一次情報と二次情報へのアクセスを推進することによって、さらなる変化を迎えると考えている。中でも、重要性の高い研究分野である性とセクシュアリティに関する研究に携わる人を急速に増やし、かつ研究分野として急速に拡大・発展させてくれるに違いない。

 

1: これらのコレクションについては拙著 The Private Case. Foxcroft Lecture on Bibliography and Book History for 2016 (Melbourne: Ancora Press, Monash University in association with the State Library of Victoria, 2018) を参照。

2: Peter Fryer, Private Case-Public Scandal (London: Secker and Warburg, 1966) を参照。皮肉なことにフライヤーの同書は1966年と1967年にオーストラリア税関によって輸入禁止とされている。Nicole Moore, The Censor’s Library (Brisbane: University of Queensland Press, 2012), 263 を参照。

3: Patrick Spedding and Alexander Pettit, eds., Eighteenth-Century British Erotica (London: Pickering and Chatto, 2002), 5 vols; および Eighteenth-Century British Erotica II (London: Pickering and Chatto, 2004), 5 vols.

4: [Henry Spencer Ashbee], Index Librorum Prohibitorum: Being Notes Bio- Biblio- Icono-Graphical and Critical, on Curious and Uncommon Books by Pisanus Fraxi (London: Privately Printed, 1877), xxvii–xxviii; David Foxon, Libertine Literature in England, 1660-1745 (New York: University Books, 1965), ix; Gershon Legman, “Introduction,” in My Secret Life (New York: Grove Press, 1966), xxx.

5: これらの下りの初出は The Diary of Samuel Pepys, edited by Henry B. Wheatley, vol.7 (London: George Bell and Sons, 1896), 261, 290–91; その後、頻繁に取り上げられている。例えば、Roger Thompson, Unfit for Modest Ears: A study of pornography, obscene and bawdy works written or published in England in the second half of the seventeenth century (London: Macmillan, 1979), 22 を参照。

6: 速記体で書いているときもピープスは性的な事項を記録する時には複数の言語を混ぜた暗号を用いた。この下りではフランス語、ギリシャ語、スペイン語を援用している。例えば「hazer(または hausser)」は「高くする」のフランス語、「para- 」は「超える・以外」のギリシャ語、「una vez」は「一度」のスペイン語、「echarger(または décharger)」は「発射する」のフランス語、といった具合である。この下りは先の Wheatley 版にはなく、1970年代に出版された Robert Latham and William Matthews 版には収録されているものの注がないため、ピープスの速記法と同じくらいに分かりづらい。

7: Michel Millot, The School of Venus, Or The Ladies Delight Reduced into Rules of Practice. Being the Translation of the French L’Escoles des filles. In Two Dialogues (“Anno, 1680”) [Bayerischen Staatsbibliothek, Rem.IV 795].

8: Daily Advertiser, 13 November 1742.

9: Hugo Hayn, Alfred N. Gotendorf and Paul Englisch, Bibliotheca Germanorum Erotica et Curiosa, vol.3  (Munich: Georg Müller, 1913), 581: “Expl. dieser eminenten Seltenheit in Hamburg, Statbibl.” [An exemplar of this eminent rarity is in the State and University Library of Hamburg].

10:  Hal Gladfelder, “In Search of Lost Texts: Thomas Cannon’s Ancient and Modern Pederasty Investigated and Exemplify’d,” Eighteenth-Century Life, 31, no. 1 ([Northern] Winter 2007): 39–61 を参照。

11:  Arthur H. Cash, An Essay on Woman by John Wilkes and Thomas Potter:  A Reconstruction of a Lost Book (New York: AMS Press, 2000), 57–58 を参照。

12: より詳細な研究については Donald Thomas, A Long Time Burning: The History of Literary Censorship in England (London: Routledge and Kegan Paul, 1969) を参照。

13: Brian Watson, “Hellfire and Cannibals: Eighteenth and Nineteenth Century Erotic Reading Groups and Their Manuscripts,” in The Edinburgh History of Reading: A World Survey from Antiquity to the Present, edited by Jonathan Rose and Mary Hammond (forthcoming, 2019).

14: William Byrd of Virginia The London Diary 1717–1721 and Other Writings, edited by Louis B. Wright and Marion Tinling (New York: Oxford University Press, 1958) を参照。

15: バードは古典時代の性愛作品、とりわけペトロニウスを収集した。彼の所蔵していた『ある遊女の回想記』については Kevin J. Hayes, The Library of William Byrd of Westover (Madison, WI: Madison House, 1997), 596 (C2) を参照。

16: 例えば、アシュビーの『Index Librorum Prohibitorum(禁書目録)』は多くのプライベート・ケース・コレクションに収蔵されていたが、それらのコレクションのかなりの部分は性やセクシュアリティのあらゆる分野についての学術的な著作であった。詳細については拙著 Private Case (2018) を参照。

17: Clowes, Bibliotheca Arcana seu Catalogus Librorum Penetralium Being brief Notices of Books that have been Secretly Printed (London: George Redway, 1885) は予約購読形式で出されたが、1971年に再版された―ただし限定版として。

18: レディについては BM Add. MS 38828–29を、ドーズについては Cup. 364.d.15. を参照。

19: Gershon Legman, The Horn Book: Studies in Erotic Folklore and Bibliography (New York: University Books, 1964), 10.

20:「失われた」作品が再発見される可能性は常にある。2004年には18世紀の第一四半期にロンドンで印刷された大変猥褻な『Sodom, or the Gentleman Instructed』がオークションに出品された。この版について印刷版はおろか、記録すらそれまで知られていなかったものである。そして2017年に私はオルデンブルクとセビリアでそれぞれ『The Adventures of An Irish Smock』(1782–83)という二度失われた性愛文学作品を見つけている。詳細については、John Vincent, “For Sale: Last Surviving Copy of ‘Quintessential’ English Pornography” The Independent, 26 November 2004 および Patrick Spedding and Tania Marlowe, “The Adventures of An Irish Smock: A Lost It-Narrative, Found,” Notes and Queries, 65, No. 3 (September 2018): 307–10 を参照。

訳注:事実、その後セクシュアリティとジェンダーのアーカイブ第5部としてフランス国立図書館の「地獄」コレクションがデジタル化されました。

無断転載を禁じます。

引用書式の例:スペディング, パトリック(センゲージラーニング株式会社 訳)「『セクシュアリティとジェンダーのアーカイブ』第3部の起源と価値に関する個人的省察」 セクシュアリティとジェンダーのアーカイブ 第3部:16世紀~20世紀の性とセクシュアリティ. Cengage Learning KK. 2022

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お断わり

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